40年間の感謝を込めたスペシャルムービー「樹木希林さん 2018年末特別」篇 1回限りのTVCMオンエア!

富士フイルム株式会社は、40年にわたって富士フイルムのTVCMに出演し今年9月にご逝去された女優・樹木希林さんを偲び、感謝を込めたスペシャルムービー(60秒)を12月29日(土)日本テレビ「世界一受けたい授業 よいお正月を迎えるために!あと3日で出来ること2時間SP」(夜7時00分~8時54分)の放送中に1回限り放映します。

https://youtu.be/-lsM06xLEzA

1978年の初登場から、40年にわたって「お正月を写そう」「フジカラープリント」「写ルンです」「PHOTO IS」など、富士フイルムの数多くの広告・TVCMに出演いただいた女優の樹木希林さん。1980年の「フジカラープリント」のTVCM「美しい人はより美しく、そうでない方はそれなり」にというフレーズは、ご本人がアイデアを出されたもので、当時の流行語となりました。その時々のトレンドを描写してきた樹木さんご出演のCMは、常に注目を集め、強いインパクトを残しました。

今回、樹木希林さんの生前のご活躍に感謝申し上げるとともに、「40年間ありがとうございました。」の想いを込めて、スペシャルムービーを制作。約40年前に放送された初登場時のTVCMをはじめ、「美しい方はより美しく、そうでない方はそれなりに」というキャッチフレーズが話題となった「フジカラープリント お名前」篇(1980年)や、多摩川などに現れたアゴヒゲアザラシの“タマちゃん”に扮した「お正月を写そう タマちゃん」篇(2002~2003年)、最後の出演となった「お正月を写そう 人気者とお正月・イヤーアルバム篇」(2017~2018年)など、樹木さんが出演した全268本の中から厳選したスペシャルムービーとなっています。

※スペシャルムービーは、富士フイルムの公式サイトおよび富士フイルムYouTube公式チャンネルにて12月26日(水)から2019年1月31日(木)まで期間限定で公開。

スペシャルムービーに使用した作品名と放映年
※下記リストは、スペシャルムービーに出てくる作品の順番。

 

■「お正月を写そう♪2019 それぞれのウォールデコ」篇 出演者のコメント 

今回のスペシャルムービー公開にあたり、2015年から富士フイルムTVCMで樹木さんと共演した女優の広瀬すずさんをはじめ、TVCM「お正月を写そう♪2019それぞれのウォールデコ」篇に出演する新キャスト(石原良純さん・長嶋一茂さん・DAIGOさん)の皆さんに、樹木さんとの思い出や、スペシャルムービーをご覧になった感想を伺いました。

https://youtu.be/fKM1pnSGaLo

広瀬すずさん
私もこんな女優さんになりたいと初めて思った方が、初めて出演した映画でご一緒させていただいた樹木さんでした。富士フイルムさんの撮影で毎年お会いできるのが楽しみで、元々のコンテになかった演技プランを現場で提案してくださって、実際にその内容でCMが作られたことがとても印象に残っています。私が生まれた頃から見ていたCMや、実際に共演した作品も入っている今回のスペシャルムービーを拝見して、改めてご一緒できたことを光栄に思います。

石原良純さん
TVCMに出ている樹木希林さんを見て、「あ、お正月だ、写真撮るか……」と、高校生のぼくは、兄弟で写真を撮りました。映像を見て、そんな思い出がよぎりました。30年ぐらい前、ドラマで初めてご一緒した時、希林さんは、じっとぼくを見ていらっしゃいました。そうしたら撮影の3、4日目にスッと近付いて来られて、「有名人の息子ってのは大変なのね」とおっしゃいました。周りの人を観察されていて、疑問に思ったことを、直球でスパーンと投げかける、とても気持ちのいい方でした。

長嶋一茂さん
野球をやめてすぐの頃、「樹木さんからアドバイスをもらったら?」というある人の勧めで、一緒に食事しました。 そこで、樹木さんが「テレビはね」って、いろんなこと的確に教えてくれて。「で、一茂くんはどうなの?」と聞かれて、俺、答えられることが全然できなかったの。それを悔いているというか、今回の映像を見て、ちょっと思い出しました。「それなりに」とか、当時は他にあんな自虐的なCMはなかった気がします。15秒、30秒の中で、本当に面白いと感じた、素敵な作品でしたね。

DAIGOさん
樹木さんのご自宅に一度、番組のロケでお邪魔したことがあって、ちょうど僕と奥さんの報道が出た時で、「きれいな人と一緒になれて良かったね」とおっしゃってくださったことを覚えています。毎年、樹木希林さんのCMを見ると、日本のお正月を感じますよね。懐かしい映像とか、まだ物心がついていない頃の映像とかもたくさん入っていて、今見ても心が温まるCMばかりだなと思いました。40年ということは、僕が0歳の時からということですから、本当にすごいことですよね。

Tokyo Now Author